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 原発事故は、各方面に多大な被害を与え、一向に収束の気配をみせない。いわき地域では漁業家ばかりでなく、関連の地場物をメーンに営んできた料理店への影響も大きく、計り知れない状況が続いている。  「いわきの海から魚介が揚がるのはあと四十年ですか、百年かかるのですか。悲しくて、つらくてたまりません」と、憤りを隠さず話すのは、小名浜、割烹・一平の女将(おかみ)、長谷川雅子さん。 いつもの年なら 5月は漁が解禁  いつもの年なら、毎年5月には「ウニ・アワビ漁」が解禁となる。同店では、このシーズンになると、地元民はもちろん、訪れる観光客にこれら新鮮魚介を提供して喜ばれてきた。
 ところが、2年前の事故直後から、放射能による海洋汚染によって、いわき沿岸の海域は「出漁禁止」。  昭和13(1938)年に開業し、母親の死去後の同41(1966)年から、同店の2代目女将として店を切り盛り。その傍ら、人一倍、観光いわき≠フPRに努めてきた長谷川さんのショックは大きい。  特に、「いわきのウニは、日本一」と豪語≠オ、「多くのお客さまから感動をいただいてきました看板料理なんです。特別に水槽も作り、手間暇かけてもきたんです」(長谷川さん)。  ウニは、調理後、乗せられたお膳や、テーブルを歩くことから、「歩くウニ」として平成16年に商標登録をした同店の「逸品中の逸品」。  長谷川さんは、「当分、海(漁)の見通しはつきそうにないようです。厳しいし、とても悲しいです。今、店の魚介は東京・築地から市中央市場を経由したもので賄っています。ウニは北海道産です。もちろん、鮮度はいいのですが、多くの人に1日も早く以前のように、地場産を召し上がっていただきたいですね」と、しんみり話している。(月刊りぃ〜ど 2013年5月号掲載)

 「1日も早く地場産を提供したいですね」と、話す長谷川さん